大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)469号 判決

控訴人

日本築土開発株式会社

代理人

福田末一

外三名

被控訴人

株式会社ホテル・ニュージヤパン

代理人

木村浜雄

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

「控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却を求めた。

被控訴代理人は請求原因として次の通り述べ、控訴人主張抗弁事実を否認し、控訴人の自白の撤回について異議を述べた。

一、訴外株式会社山王会館は昭和三五年四月六日訴外堀口秀真に対し原判決添付目録記載の居室を賃貸したが、その後被控訴人は訴外会社との合併によりその賃貸人の地位を、控訴人は昭和三八年一二月堀口からその賃借人の地位をそれぞれ承継した。昭和四〇年一二月一日当時本件賃貸借の賃料は一か月一六万二、二〇〇円、毎月末日翌月分持参払の約定であつた。

二、控訴人は被控訴人に対する同月から昭和四二年九月までの賃料合計三三三万七、三六〇円(この金額には違算があり、実際の未払賃料額は二二か月分合計三五六万八、四〇〇円から甲第七号証およびおよび第九号証記載の弁済金合計一六万八、八四〇円を控除した三三九万九、五六〇円と認められる)、電話料二万七、五六〇円、清掃料一万七〇〇円、新聞代二万七、二五八円、管理費七万三、五六八円、昭和四一年一月から同年一一月までの飲食代二万四、八〇五円、同年一月から同年一二月までの注文品代八、一四〇円、昭和四〇年一二月から昭和四一年五月までの洗濯代三、一八〇円の各債務の支払を怠つた。

三、被控訴人は昭和四二年一〇月六日到達の書面で控訴人に対し右各債務合計三五一万二、五七一円(実際の合計金額は三五七万四、七七一円)の支払を催告するとともに、右書面到達後一週間以内にその支払をしないときは、本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

四、控訴人は右催告期間内に右債務の履行をしなかつたから、本件賃貸借は同月一三日限り解除されたが、控訴人は同月二三日被控訴人に対し同年一〇月、一一月分賃料損害金および前記債務の合計額のうち三七四万四、九二九円を同年一一月末日までに支払うことを約した(同年一〇月二日堀口秀真から一〇万円の弁済を受けたが、これを控除しても右合計額は三七九万九、一七一円となる)。

五、控訴人は形式上は昭和四二年一一月一七日設立登記されているが、実際は石川地所株式会社(旧商号日本築土開発株式会社、以下旧会社という)と経営の実体が同一であり、ただ被控訴人に対して負担する債務の履行を回避する手段として設立登記された旧会社の第二会社であるから、旧会社と同一人格とみなすべきである。すなわち、被控訴人は旧会社との間の本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした上、同年一〇月二五日本件居室について東京地方裁判所から旧会社に対する占有移転禁止の仮処分決定を得、翌二六日その執行をした。ところが、旧会社の代表取締役石川勲は、旧会社の被控訴人に対する延滞賃料債務等の支払を免れるため、同年一一月一七日急拠旧会社の商号を石川地所株式会社と変更登記するとともに、本店所在地、目的、代表取締役(石川勲)、監査役(訴外岡山福四郎)が旧会社と同一であり、旧会社の前商号と全く同一の商号を称する控訴人を設立登記し、旧会社の使用していた本件居室、電話、什器備品、従業員を使用して旧会社の営業を継続、経営している。旧会社と控訴人とは、形式的には法人格が別個であるのに、その経営の実体は同一であり、対外的には同一会社であるような外観を呈しているため、第三者がこれを同一会社であると誤認、混同するのを利用して、控訴人が旧社の営業を継続して利益をあげ、旧会社の債務の履行を求められると、控訴人は、旧会社とは別個の会社であると主張して、その債務の免脱を図ろうとするものであり、控訴人の設立登記は法人格を濫用するものにほかならない。控訴人は当審においても結審するまで控訴人が旧会社とは別個の会社であることを秘し、結審後の和解が不調になると、口頭弁論の再開を求め、初めてその設立の日を明らかにし、旧会社と控訴人とは全く別個の会社であるから、控訴人には旧会社の債務を履行する責任がないと主張するに至つたものであるが、このような主張は信義則上到底許さるべきではなく、このような場合には被控訴人において控訴人が旧会社と別個の法人格を有することを否認し、控訴人に対し旧会社の債務の履行を求めうると解すべきである。

六、仮に控訴人が旧会社と同一の会社であると認められないとしても、その経営の実体は旧会社のそれと全く同一であり、控訴人はその発足にあたり、旧会社の営業を譲受けたものと推認すべきであるから、控訴人が旧会社の営業によつて生じた本件債務を被控訴人に対し履行すべき義務を負担していることは明白である。

七、よつて、控訴人に対し本件居室の明渡ならびに前記昭和四二年一一月までの賃料等未払債務合計三七四万四、九二九円および同年一二月一日から右明渡済に至るまで一か月一六万二、二〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

八、仮に以上の主張がいずれも理由がないとしても、控訴人はその設立の日である同年一一月一七日以降被控訴人所有の本件居室を占有使用しており、被控訴人に対し本件居室を明渡し、同日以降右明渡済に至るまで一か月一六万二、二〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務を負担しているから、控訴人に対しその履行を求める」

控訴代理人は答弁として次のように述べた。

「被控訴人主張の事実中控訴人が被控訴人主張の日に設立され、同日以降本件居室を占有使用していること、控訴人および旧会社の代表取締役および監査役、旧会社の前商号および現商号が被控訴人主張の通りであること、その主張の各日その主張のような仮処分決定があり、その執行がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。控訴人が当審第一回口頭弁論期日において請求原因一の事実のうち支払方法の点を除くその余の事実および同三の事実についてした自白は撤回する。控訴人は昭和四二年一一月一七日設立されたのであるから、同日以前に発生した債務を負担すべきいわれはない。旧会社の取締役には訴外穴水英三、蟹谷郁次郎、控訴人のそれには訴外藤原明次郎、石川義路があり、代表取締役以外の取締役は同一でなく、控訴人は建物の建築および土木工事の請負をも目的としている点でも旧会社と異なつており、旧会社とは別個に営業活動をしている。なお、石川勲は昭和三八年一一月被控訴人から本件居室を、同人が代表取締役をしている会社に使用させうる約定で、賃借したから、控訴人には本件居室を使用する正当の権原がある」

証拠〈省略〉

理由

控訴人は、控訴人が設立されたのは昭和四二年一一月一七日であり、同日以前に発生した債務を負担すべきいわれはないから、当審第一回口頭弁論期日においてした自白を撤回する旨主張するので、まずこの点について判断する。

控訴人がその主張の日に設立登記されたこと、控訴人と旧会社の代表取締役および監査役、旧会社の前商号および現商号が被控訴人主張の通りであること、昭和四二年一〇月二五日被控訴人主張の仮処分決定があり、翌二六日その執行がされたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、旧会社と控訴人の本店所在地が同一であり(旧会社のそれは住居表示変更前の旧地番、控訴人のそれは住居表示変更後の新地番がそれぞれ商業登記簿に記載されている)、旧会社の目的は(1)陸地および海面の埋立ならびに土地造成、住宅工場の建設および誘致、(2)不動産の売買、管理、斡旋、(3)前各号に附帯する一切の業務であり、控訴人のそれは右のほかに土地開発、建物の建築、土木工事の請負とが附加されているだけで旧会社のそれとほとんど同じであること、控訴人の営業所、電話、什器備品、従業員は旧会社のそれと同一であること、旧会社は昭和四二年一〇月六日被控訴人から本件居室の賃貸借解除の通知を受け、同年一一月一五日商号を現在の通り変更し、同月一七日その登記をしたことが認められ、本件記録によれば、本訴は同年一二月一三日提起されたが、控訴人代表者は原審口頭弁論期日に出頭しないで判決を受け、当審において約一年にわたり審理を重ね、口頭弁論が終結された後、控訴代理人は、控訴人が設立されたのが前記の日であることを理由として、その再開を申請し、口頭弁論再開後初めて控訴人が旧会社とは別の会社であることを主張したこと、当審において提出された控訴代理人の各委任状にはいずれも甲第四号証に押されているものと同一のものと認められる旧会社の代理取締役石川勲の記名印が押されていること(右各委任状に記載された本店所在地の地番が住居表示変更前のままになつていることからも記名印が旧会社のものであることがうかがわれる)が明らかである。以上の事実によれば、旧会社が被控訴人から本件居室に関する賃貸借解除の通知を受け、前記仮処分の執行を受けてから、一、二か月の間にその商号が変更され、その登記の日に旧会社の前商号と同一の商号を称する控訴人が設立登記され、その代表取締役、監査役、本店所在地、営業所、什器備品、従業員等は旧会社のそれと同一であるのであり、また、控訴人が旧会社と別個に社会的に実在するものならば、旧会社はすでに被控訴人から賃貸借解除の通知を受け、仮処分の執行を受けており、被控訴人が控訴人を旧会社と誤認してその後の行動に出ることは十分予想されるところであるから、当然商号変更、控訴人設立の事実を被控訴人に通知すべきであるのに、このような処置をとらず、控訴人もまた、本件訴状の送達を受けた際、被控訴人が控訴人を旧会社と誤認して提訴したことが判らないはずはないのであるから、直ちに応訴して、控訴人が旧会社とは別個の会社であることを主張すべきであるのに、原審においては欠席のまま判決を受け、当審においては、約一年にわたつて審理が重ねられたのに、その間これを主張せず、口頭弁論が終結された後になつてこれを理由に口頭弁論の再開を求め、口頭弁論再開後に初めてこれを主張したのであるから、控訴人は旧会社と別個の会社ではなく、単に被控訴人をして控訴人を旧会社と誤認させ、旧会社に対する本件居室明渡、賃料債務等の履行請求の手続を誤らせ、時間と費用とを浪費させる手段として旧会社が設立登記したに過ぎないと認めざるを得ない。控訴人は、控訴人が旧会社とは別個に営業活動をしている旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠なく、また、〈証拠〉によれば、控訴人の代表取締役以外の取締役二名は旧会社のそれと同一ではないことが認められるけれども、同人らが旧会社とは別個の控訴人の業務に従事していたことを認めるに足る証拠がないから、右事実だけでは控訴人が旧会社と別個の会社であることを認めさせるに足らず、控訴人代表者石川勲の本人尋問の結果中には、アメリカから融資を受けるため、控訴人を旧会社とは別に設立した旨の供述があるけれども、そうだとすれば、ことさら控訴人の商号を旧会社の前商号と同一にする必要はないから、右供述は採用し難く、他に控訴人が旧会社と別個の会社であることを認めさせるに足る証拠はない。

ところで、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであつて、これを権利主体として表現させるに値すると認めるときに、法的技術に基いて行なわれるものであり、従つて、法人格が全くの形骸に過ぎない場合、または、それが法律の適用を回避するために濫用される場合においては、法人格を認めることはこれを認めた本来の目的に照して許すべからざるものというべきであるから(最高裁判所昭和四三年(オ)第八七七号、昭和四四年二月二七日判決)、前記のような事実関係のもとにおいては、被控訴人は控訴人を旧会社と同一会社であるとみなしうると解するのが相当であり、従つて、控訴人が昭和四二年一一月一七日設立登記された事実は控訴人の自白が事実に反することを認めさせるに足らず、控訴人代表者勲の本人尋問の結果中には、本件居室は石川勲個人が、同人が代表取締役をしている会社に使用させうる約定で、賃借したものである旨の供述があるけれども、右供述は、〈他の証拠〉と対比して、採用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はないから、控訴人の自白の撤回が許されないことは明らかである。

従つて、請求原因一の事実のうち支払方法の点を除くその余の事実および同三の事実は当事者間に争いがないところ、催告期間内に該賃料債務について弁済の提供がされたことについては主張も立証もなく、催告債務のうち賃料以外の債務は少額であり、右債務についても弁済の提供をしなければ、賃料債務について弁済の提供をしても、これを被控訴人が受領しないとは認められないから、右催告および条件付契約解除の意思表示は有効であり、本件賃貸借は昭和四二年一〇月一三日限り解除されたものというべく、〈証拠〉によれば、旧会社は被控訴人に対し、昭和四二年九月三〇日現在被控訴人主張の各債務を負担していたが、昭和四二年一〇月二三日被控訴人に対し、右各債務、同月分および翌一一月分賃料損害金のうち未払の合計三七四万四、九二九円を同年一一月末日までに支払うことを約したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないから、控訴人は被控訴人に対し本件居室を明渡し、かつ、右金額および昭和四二年一二月一日から右明渡済に至るまで一か月一六万二、二〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務を負担しているものというべく、その履行を求める被控訴人の請求は理由がある。

よつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条に従い主文のように判決する。(近藤宗爾 田嶋重徳 吉江清景)

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